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現地ロケまで敢行!? 聴く読書「オーディオブック」制作の現場に立ち会った

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オーディオブックを手がけるオトバンクで、作品の収録現場に立ち会った
オーディオブックを手がけるオトバンクで、作品の収録現場に立ち会った 全 6 枚 拡大写真
 都内のスタジオでおこなわれたオーディオブックの収録現場に立ち会った。防音の個室でマイクに向かった声優は、名著を落ち着いた美しいトーンで読みあげる。その隣室には、わずかな変化も聞き逃すまいとヘッドホンに神経を集中するディレクター。緊張感をともなう二人三脚の共同作業は、300ページの分厚い著作を前にしながらも、1時間で10ページという丁寧さで進められていった。

プロのナレーターや声優が読み上げる「オーディオブック」のニーズは高い
 今回編集部が訪れたオトバンクでは、ナレーターが書籍を読み上げる「オーディオブック」を手がけている。制作したオーディオブックは「audiobook.jp」というサービスで配信しており、ほとんどのコンテンツはプロの演者(ナレーターや声優)が朗読しているという。「audiobook.jp」の細かい利用方法は割愛するが、一冊ごとに単品購入することが可能で、月額750円で対象作品が聴き放題になるプランも用意されている。ともあれ、PCやスマホアプリを通じて耳から読書を楽しめる、その気楽さが幅広い層に支持されているそうだ。

 この日にスタジオで収録されていたのは、1966年に初版が発行された「生きがいについて」(みすず書房)。著者の神谷美恵子氏による、品格のある文章が心に残る作品だ。ただ半世紀前の名著とあり、現代ではあまり使われない言葉遣いや言い回しも散見される。人によっては、少し読みにくいと感じるかも知れない。こうした題材だから、プロの演者によるオーディオブックのニーズが非常に高い。

ヘッドホンに神経を集中するディレクター。根気の必要な作業が続く

「いきかた」か「ゆきかた」か、どう読むべきか
 オフィスPACに所属する声優の永吉ユカさんとオトバンク ディレクターの伊藤誠敏氏は、同著作に取り組みはじめて4日目。この日の収録は5時間が経過した時点で189ページまで到達していた。イントネーションや滑舌のわずかな機微をとらえては立ち止まり、納得のいくまで録り直しを続けていく。どう読むべきか、2人で相談する場面もあった。たとえば「行き方」という単語では「いきかた」と「ゆきかた」を検討し、聴者が「生き方」と混同しないように配慮していた。

 伊藤氏は「いまの箇所(イントネーションが正しかったか、録音を聞いて)確認します」「ちょっと走ったかな」「ペーパーノイズが入ったかも知れません」と細部に気を向けつつ、「ここは長文なので一気に読んだ方が、前後の内容が理解しやすいのでは」など全体の流れも捉えている。ときに「最後の段落、とても良かったです」などと永吉さんを励ますあたり、スポーツ選手とコーチの関係にも似ている。

PCで録音トラックを確認するディレクターの伊藤氏(手前)と、曇りガラスの向こうに声優の永吉さん

 アニメ作品の声優や海外ドラマの吹き替えなど幅広く担当しているという永吉さん。吹き替えと本の朗読との違いについては「台詞の吹き替えなら、声優本人の味付けが尊重されることもあります。でも朗読の場合は個人の色を出し過ぎてはいけない。言葉の抑揚とイントネーションにも、最大限に気を遣います」と説明する。

 オーディオブックに最適なテンポはあるのだろうか。これについて伊藤氏に聞くと「作品によって違います。速く読んだら理解できない内容の書籍もあり、また逆のときもある。かといって、ずっと一定のテンポだと眠くなってしまうことも。基本的には演者さんのリズムを尊重していますね。プロの方なら文節を意識して、文章が長いところと短いところでリズムをつけて、といったことを自然にやってくれます」とのことだった。

出版社、著者にも許諾を得てキャスティングが決まる
 オトバンクではこれまで、幅広いジャンルの書籍をオーディオブックとして音声化してきた。そのキャスティングはどう決めているのだろうか。伊藤氏によれば、まず「この作品はこういうイメージだからこう作ろう」という制作方針を決める。そして、オトバンクのプロデューサーとディレクターが中心になりキャスティング候補を決めていくという。「その後、出版社さんと著者さんに最終許諾をいただいています」と話した。

 キャスティングにより、作品のイメージはガラリと変わってしまう。こんな話もしてくれた。「ホビットが多く登場する翻訳モノの児童書を取り上げたときのことです。1人で何役もホビットのおじさんを演じ分けなければなりません。でも男性の声優が良いかと言うと、そうでもない。むしろ、家庭でお母さんが子供に物語を読み聞かせる雰囲気を出したかった。だから、このときも永吉さんにお願いしました」(伊藤氏)。

 オトバンクから直接、演者に相談することもあれば、オーディションを実施することもあるという。「正直、キャスティングに関しては絶対的な正解はあり得ないと思っています。読者が10人いれば10人それぞれの抱くイメージがある。ただ、できる限り自分の中で最適と思える人を選んでいます。出版社さん、著者さん、読者さんに『イメージと合う!』と喜んでもらえたときは嬉しいですね」(伊藤氏)と笑顔になった。

現地ロケを敢行!? 登場人物の立ち位置までシミュレーションするのはなぜ?
 ひとつの作品について、どのくらい内容を読み込んでから収録に臨んでいるのだろうか。伊藤氏は「どんなジャンルでも、まず最後まで読んで話の流れをつかみます。次に聞き手の立場から、どういうテンポや声音で作ると良いか考えます。小説であれば、登場人物の性格や風貌も想像しますし、距離感や、立ち位置もその都度、確認していきます」と説明した。オーディオブックなのに、距離感や立ち位置は関係あるのだろうか。

いかに作品を読み込むかが、聴きやすさにもつながる

 たとえば教室で2人でしゃべっている場面なら、教室はどのくらいの広さで、机を挟んで話しているのか挟んでいないのか、といった細かいシチュエーションに至るまで立体的に考えるのだとか。オーディオブックの収録は長時間になるため(基本的には)1人ずつの収録となる。しかし、登場人物たちが同じ空間にいるようにつくらなければならない。そこで、ディレクターのこうした下準備が必要になるようだ。「もっとも、聴く側が構える必要はありません。聴きやすく作るように心がけているので、気軽に聴いて欲しいです」(伊藤氏)。

 ちなみに、これまでの実例を聞くと「歴史小説のオーディオブックをつくったときには戦場の広さや、城のどちらから敵が入ってくるのかが分からなかったので、実際の土地に出かけて行ったことがありました」と伊藤氏。現地ロケまで敢行してつかんだその雰囲気は、作品に説得力となって現れたことだろう。

オトバンク ディレクターの伊藤誠敏氏

作品への思い入れと共感が演者の集中力につながる
 演者は、どのような準備をするのだろう。永吉さんは「ざっと最後まで読んでから、再度1ページあたり5、6分をかけてじっくり予習していきます」と明かした。音声化される作品には名著が選定されるため、心に響く作品が数多い。「物語なら、家で練習しているときも佳境に入ると涙が出てくる。スタジオできちんと読めるか、いつも不安になります。エッセイなら、必ず自分の人生にリンクする瞬間がある。著者の人生を追体験していると、いつしか自分のことが書かれた作品のように愛着が沸いてきます」と苦笑いする。こうした、作品に対する思い入れと共感があるからこそ、長時間の収録にも根気と集中力が続くのだろう。

演者(ナレーター、声優)も、事前に作品を読み込み、ときに感情移入しながら準備して臨む

古い作品の魅力が、聴くことで蘇る
 作品を音声にしたときの、イチバン良い形を思い描いていると伊藤氏。今回収録した『生きがいについて』では、落ち着きのある女声の低音で、説得力を持たせることを目指した。「オーディオブックで、つくり手の意図を与えすぎてはいけない作品。原作の意思を忠実に伝えることを大事にしました」(伊藤氏)。

 半世紀前の作品とあり、言葉遣いが難しい箇所がある。しかし「音声で聴くと、難しい言葉も分かりやすくなることがあります。漢字の多い文章でも、音を聴けばイメージが沸く。すると結局、昔の人も現代人と同じ感覚だったんだ、ということにも気が付くと思います」と解説した。

 収録の現場では、素人が傍で聞いていても分からないレベルの違和感でも、決して妥協しない徹底ぶりがうかがえた。不思議だったのは「いまなぜ録音が停止したのか」を言葉で説明しなくても、両者が分かりあえていたこと。この共通認識について、「NHKの日本語発音アクセント辞典を基準にしている」(伊藤氏)ことも要因のひとつだという。アナウンサーのバイブルとも言える、この辞典の内容が頭に入っているからこそ、阿吽の呼吸による作業が成り立つのだろう。

 最後に伊藤氏は「ちょっと興味があるコンテンツを聴いてみる、くらいの軽い気持ちで耳にしてもらえたら。そして感想をもらえたら嬉しい。次の作品を収録する力になります」と笑顔で話していた。

※ピアノを伴奏してくれる、ヤマハのAIがすごい!

《近藤謙太郎》

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